わたしの内出血

頼むから静かにしてくれ

Common People

 
 
I want to live like common people,
I want to do whatever common people do,
I want to sleep with common people,
I want to sleep with common people,
Like you.
 
普通の人みたいに暮らしたい
普通の人みたいに何かがしてみたいんだよね
普通の人に抱かれたい
詰まるところ、普通の人と寝たいってわけよ、貴方みたいな。

 

 

年の瀬ですね。

ガキ使が始まるまで今年の振り返りをしてみる、18時ごろ。

 

タイピングは遅い方じゃないんだけど、

いつもいろいろ考えながら書いているので1時間くらいかかるけど大丈夫かな。

18時半からなんだけどなあ。多分終わりませんね〜

 

 

今年の一年間何してたかなって考えてみたけど、すごく変化が多い年だった。

別に特別な何処かに出かけたり、例えば海外旅行であったりだとか

新しい友達ができてすごく仲を深めたとかそういうのじゃない。

何か新しい事はわりと私は怖い方なので。

 

どちらかというと、何度も此処で触れてきたけど

内なる世界へと沈み込んでいき、自分らしさに邂逅した気がする。

それは「新しい自分」とかいう胡散臭いものじゃなくて、当たり前の自分らしさを再確認することのような気がする。

 

 

6月までにかけて

就職活動をスタートさせるという事で、燻っていた年明けごろ。

まあ去年までの自分と同じでくだらないこと、どうにもならないことで延々に語り散らしていた。

どこへでも行けるのに、行かなかった。

等身大の幸せを愛せないのに、所謂妥当な道を選んできた。

 

今は、今だ、今を生きなきゃいけないのに

いっそ水星にでも旅に出たいなと、ぼんやり中学の頃から考えている。

 

ka7788.hatenablog.com

 

とにかく何者かになりたかった。

これは自分でもよく理解していることなのだが、今年の中盤に入るまで生きていることがとにかく苦痛でしかなかった。

何か特別なものになって、特別生きる理由を得て、誰かに讃えられながら息をしていたい。

そんな謎の選民思想に取り憑かれた数年間だった。

完璧な人生でなければ意味がないし、完璧な人生でなければ悲しみなんて辛いだけ。

 

でも何かになるのはとても怖いことだった。

だから妥当な人生を選んでいた。

いっそ一思いに死んでしまった方が楽だとずっと本気で考えていたんだよ。

 

だからこそ、ある日突然ベリーショートに髪を揃えてみたり

あえて風呂に一週間入らなかったり

遠く離れたフランスの空に憧れていたのだ。

 

この辺の雑記は正直全部書いていることが一緒なんだよね

こんなつまらないことで延々と悩めるなんてかなり高級だけど

それだけ人生を燃やして悩んでいたのも事実なんだよね。

 

 

 

就活終了後あたり

ふとした瞬間、人生の考え方が変わることってあるんだって気づいたんだよね。

人生が、人が、何か突然変わることなんてないんだけど、この頃の出来事が私の人生観を大きく変えた。

一つ一つ話すとすごく長くなるんだけど

 

例えば

・コロナでどこもいけなくなった

・就活40社落ちた

・母の暴走再びとDV事件

・ゼミの先生からのハラスメント

・Tinder男に騙された

・既婚者に付き纏われた

 

とかね。

どれもこれもまるで他人から何かされた被害者みたいに書き連ねてるけど

今考えれば全部自分で招いたことなんだ。

例えば就活なんて一番コロナの影響を受けたけど、コロナがなくてもうまくいかなかったと思う。

人生に絶望していた私は働く理由も理想もなかったからだ。

40社落ちてやっと「生きねば」と察したから、良かったものである。

 

そして、究極の人権侵害にあった事で、自分を大切にする事や自分の周りの人を大切にすることを実感した。

幸せというステレオタイプに縛られるよりも、自分なりの幸せのあり方を見つけるほうがよっぽどいい。

 

幸せになる事はとても難しい。

人生はとても長い。

人生には取り返しのつかないことがたくさんある。

何が正解かなんて、私には到底わからない。

 

これまで「正解」ばかり追い求めてきた事で、世間との相違に苦しんできた。

模範解答と照らし合わせて、人生を自己採点する作業は、人を苦しめるから。

それを、「辛い」と嘆くのは、とても惨めなことだから。

 

でも、新しく私の人生が切り開けていくのを感じている。

絶対に幸せになってやる

ka7788.hatenablog.com

 

これだけ辛いことがあって、もう散々だ、辛酸にもほどがあると思ってたんだけど

ありがたいことにコロナによる自宅軟禁は良い副作用をもたらしてくれた。

 

例えば 

村上春樹を読んだこと

・ワイスピを全部見たこと 

・幸福論について考えたこと

三浦春馬の死に想いを寄せたこと

・毎日規則正しい生活をしたこと

・今いる友達に感謝をしたこと

 

新しい事は何もない。

ただ転がっている日常を見つめ直しただけだと思う。

 

特に友達に関しては大きな価値観の転換が起こった。

私は今まで友達なんかほとんどいないと思っていた。

中学時代の時に友達が居なすぎて、高校では自分の趣味を隠して生きて

ステレオタイプに縛られすぎた人生を送ってきたからだ。

 

でも友達が居ないなんてそんなことなくて、たくさん周りにいることを実感したのだ。

人は必ず孤独だし、一つにはなれないけれど

それでも会えない世相の中で会おうとしてくれる人たちをいつまでも愛していきたいと思った。

 

 

来年に向けて

死ぬほど一年あっという間だったけど、これだけ思い出すことがある。

かなり成長したんだなあと思っている。

 

価値観の転換が起きてからは、いろんな映画や本を読んで、そこからいろいろ考えてみたり

人生の生き方がとても楽になったり、癇癪を起こしたりすることも少なくなったと思う。

 

最近は資格の勉強をしたり卒論を書いたりしているけど、来年はどうして行こう。

就職をすることもそうだけど、いろいろあって人生初の体験をする予定なので

たくさんそれについても考えを残して行こうと思う。

 

私はもちろん特別な人ではない。

普通の人だ

少なくとも普通の人で普通の人生を送っていて、とりわけ特筆することなんてない。

お金持ちではなければ貧乏人でもない。

特別かわいくもなければ特別ブサイクなわけでもない。

何も尊大で偉大なことなんてないし、そんな誰かも私には存在しない。

 

 

まあそれって、普通のことなんだけど、そんな普通のことに気がついてよかったな。

 

もう私の口から、16歳の時に考えていたようなどうにもならないつまらないどうでもいいこと

どうでもいいけど、どうでもよくない事が口からあんまり出なくなっちゃうのは悲しいな。

10代に戻りたい、ある種の切なさを含んだ願望っていうのが最近わかり始めている。

 

私はそんな切ない思いも、思い出もすぐ忘れてしまうから、

たまにこうして振り返ってみたり、書いてみたりみてみたりすることが必要だ。

だからこれからもそうしようと思う。

 

 

 

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